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原田先生との思いでー三浦所太郎先生を介してー

掲載日:2013.08.21

酪農学園大学・3大学連携センター

須藤 純一

 私は、学生時代に当時の土壌肥料研究室に籍を置き原田先生から多くの教えを受けた者です。その後はつかず離れずという関係でした。私が原田先生と共通していたのは、「三浦所太郎」という戦後直後に短期間でしたが野幌機農学校の教員をしており、そこで原田先生が教えを受けていたことです。原田先生は私に「三浦先生に出会わなければ私はクリスチャンにはならなかっただろう」とまで話しておりました。それほどの影響を受けた方でした。

三浦先生は岩手県の東山町の出身であり、私の郷里と同じ郡で隣町でもあります。酪農学園の学生時代に東北酪農ゼミナールを主催していた山下勝先生を介して知り合いになり、岩手大学の大学院時代、その後の進路も含めて大変ご指導を頂きました。

三浦先生は農家の生まれでしたが、東北各地の農民福音学校に学び苦学して玉川学園さらに同志社大学神学部を卒業されました。その後も勉学と農村伝道を行いながら畜産の勉学に励み、その過程で黒澤酉蔵氏を紹介されて北海道にまでその場を広げたのでした。約2年弱でしたが酪農学園機農学校の教師、第三農場長と寮長を兼任したのです。その時に原田先生との出会いが会ったものです。

三浦先生は、キリスト教をよりどころに常時場所を変え学びそして実践ということを繰り返しながら、特に戦後の東北の農村の窮乏からの救いを求めて活動しました。そのため、特にヨーロッパの山岳酪農を学び帰郷後には農村の酪農生産指導や青年教育、生活改善にまで踏み込んだ多彩な活動を行っていました。その活動ぶりには地位や名誉、財産などとは無縁なまさに「私利私欲」を捨てた人生を生きた方です。

原田先生は、このような三浦先生の生き方にも大きな影響を受けてそれを常に念頭に置きながら自分の教育者、研究者としての人生を歩んだものと思います。酪農学園の学園長になり、偶然ですが前後して私も学園に勤務することになり、お会いする機会も多くなっていました。私が酪農学園大学に勤務したことを大変喜んでもくれました。こうした話し合いの場で三浦所太郎先生の話題になり、一度三浦先生の眠る岩手の場所を訪ねてみたいという事を話しておりました。

三浦先生の奥さんがご健在であり、私も長いこと訪ねていませんでしたので是非ご案内しますということになり、三浦未亡人にも連絡を取り了解を得ていました。その矢先の2年前に東日本大震災が発生してしまったのでした。この計画は頓挫してしまい、いずれ機会を見てと思っていましたが、今度はきわめて残念なことに原田先生の突然の逝去ということになりました。私としては、このことがかえすがえす残念であり、心残りであります。


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