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ひと粒の麦、三愛精神の復活に全身全霊の日々

掲載日:2013.08.21

元酪農学園大学助教授

篠原 功

恩師、原田勇先生との出会いから。

1961年春、私は酪農学園大学酪農学科に入学。その秋ヤコブ寮夕拝で先生は愛について語り、経済的困窮家庭を例に、愛とは金品をあげることだけでなく、その人に仕事を世話して社会的役割を分担することで堂々と生きて行けるよう助けること、その人を仲間として生かすことだ、と語った。政治犯として師範学校を追われた父の思想的系譜の中で育った私は納得した。先生は後に、双方子連れ結婚の中に生まれたことが自分の生き方を決めたと語った。

先生の土壌肥料学研究室に所属した学生時代、先生の指導は、真理探求の自由討求集団、それは私が後に到達した平和への道「釈迦のサンガ(自由討求集団、未来拓く真の大学)」と重なっていた。大学の教職に採用されてからの私は1971年春、マグダラのマリアはイエスの恋人説、を語り教会を追われた。が、その春受洗。研究室では人間イエスについて先生と私の議論は土壌肥料学研究の話題と共に続く。しかし他方で私のサンガは組織に従わないとして問題化。その頃、先生はアジア酪農交流会を立ち上げるに際し事務局長を私にと。私は即座に、私と組むと先生に類が及ぶ、として先生から離れることに。でも後に短大開学50周年、大学開学40周年記念事業実行委員長の私は原田先生の意向汲みシンポジウム酪農学園創立者の幻、を開催。先生は大変喜ばれた。

私は2002年クリスマス準備3日間連続礼拝で奨励(説教)、復活のイエスと共に真実は今、を残し翌2003年春には論文、健土健民の三愛精神と愛のサンガ酪農学園における教育研究の自由と責任、を残して退職し糖尿病療養と森と海洋河川湖沼学研究のため四万十川流域へ転居。そして4年後、先生から、園長就任の要請受けた、天命と思い引き受ける積もりだが貴方の意見聞きたい、との電話。私は即座に、その日を待っていた、と祝福申しあげ、その後も交流は続いた。最近の先生からの宿題は発展途上国の人々を受け入れる短期システムを考えて欲しいというもの、それに私は、コース制で修了証書を授与する科目等履修生システムの開発です、と伝えた。もう一つは1964年春に更迭された大学短大初代学長樋浦誠先生の名誉回復宣言を何時どのようにすれば良いか検討して欲しいというもの。先生の願いを、ここに記すことで名誉回復宣言の一つになると私は思う。園長室に先生を訪ねると何時も創立者黒澤酉蔵先生への敬意と樋浦誠先生の教育哲学すなわち三愛精神と無知からの解放のことばかり。三愛精神は科学と矛盾せす。先日2013年、短大閉校式では、樋浦誠初代学長更迭事件いらい危機に陥っていた三愛精神は見事に復活していた。

酪農学園々長原田勇先生の突然の逝去は残念だが先生の姿は愛唱された讃美歌298、121の通りだったのですね。神は愛なり、健土健民は愛神愛人愛土が結実したもの。いつまでも私たちの心の中に生きて私たちを強め励ましてください。

私は今、健康@hanagirinosato回復して野幌に転居している。恩師、原田勇先生、有り難う御座いました。やすらかに、アーメン


酪農学園大学アジア交流会(2013.08.21)|全件表示, 通信欄
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